Sunday, July 5, 2009

Microsoft pulls 'puke ad' off YouTube

Stuff NZより。

お食事中の人は見ちゃだめ。このセンスに脱帽。

Monday, June 22, 2009

Frozen (Madonna)

カナダ旅行

バンクーバーへ1週間息子と二人で行ってきた。




よかったこと
1. 涼しくてよく眠れた
2. 洗濯物がよく乾いた
3. 息子に友達ができた
4. お世話になった人たちに会えた

その他
1. 男親が子供と旅行するときは、母親の許可証明がいる(と税関で言われた。片親が勝手に子供を連れ帰るトラブルが多いらしい)
2. 空港のUS行き出入り口には長蛇の列

Saturday, June 6, 2009

SNL More Cowbell

here

I'm On A Boat!

I'm On A Boat (ft. T-Pain) - Album Version


なぜ面白いかというのはこちら。

Andy Samberg

Hot Rod Trailer - "Official" Movie Trailer 2007

Saturday, May 30, 2009

Bing

新しいサーチエンジン

提灯記事?

でも実体はどこに

大丈夫なのかな?

Monday, May 18, 2009

琵琶

風邪で休み。

Chinese music 十面埋伏 "The Ambush" pipa solo by Liu Fang 劉芳


Chinese pipa music: 十面埋伏 Ambush from All Sides/琵琶獨奏:劉德海 1970

Saturday, May 16, 2009

CompTIA Security+

CompTIA Security+ 合格。

Friday, May 15, 2009

床屋さんと飲みに行った

先週、いつも行く床屋さんと飲みに行った。
村上春樹の話になり、

「家の嫁さん曰く、あったりなかったり、の人でしょ?って言われた。」

と床屋さんは言った。
なるほど、と思った。

2軒目のバーに行くと、バーテンさんがタイマーズのライブDVDをかけてくれて清志郎話になった。
思えば結構近所の出身だった。告別式の夜だった。


おまけ

村上春樹風に小沢一郎について語るスレ

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/03 07:47
完璧な小沢一郎などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
2 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/03 08:32
六月にデートした女の子とはまるで話があわなかった。
僕が南極について話している時、彼女は小沢一郎のことを考えていた。
3 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/03 10:02
小沢一郎の目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。
エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/03 17:25
「ね、ここにいる人たちがみんなマスターベーションしているわけ? シコシコッって?」と緑は寮の建物を見上げながら言った。
「たぶんね」
「男の人って小沢一郎のこと考えながらあれやるわけ?」
「まあそうだろうね」と僕は言った。「株式相場とか動詞の活用とかスエズ運河のことを考えながらマスターベーションする男はまあいないだろうね。まあだいたいは小沢一郎のことを考えながらやっているんじゃないかな」
「スエズ運河?」
「たとえば、だよ」
5 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/03 20:54
「小沢一郎?」と僕は聞いた。
「知らなかったの?」
「いや、知らなかった」
「馬鹿みたい。見ればわかるじゃない」とユキは言った。
「彼にその趣味があるかは知らないけど、あれはとにかく小沢一郎よ。完璧に。二〇〇パーセント」
6 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/03 20:56
僕が三番目に寝た女の子は、僕のペニスのことを「あなたの小沢一郎」と呼んだ。
7 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/04 00:04
そして今日でもなお、日本人の小沢一郎に対する意識はおそろしく低い。
要するに、歴史的に見て小沢一郎が生活のレベルで日本人に関わったことは一度もなかったんだ。
小沢一郎は国家レベルで米国から日本に輸入され、育成され、そして見捨てられた。それが小沢一郎だ。
8 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/04 10:13
小沢一郎は盲のいるかみたいにそっとやってきた。
9 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/07 01:11
「それはそれ、これはこれ」である。
冷たいようだけど、地震は地震、野球は野球である。
ボートはボート、ファックはファック、小沢一郎は小沢一郎である。
10 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/12 04:45
「どうせ小沢一郎の話だろう」とためしに僕は言ってみた。
言うべきではなかったのだ。受話器が氷河のように冷たくなった。
「なぜ知ってるんだ?」と相棒が言った。
とにかく、そのようにして小沢一郎をめぐる冒険が始まった。
11 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/13 18:44
「君の着るものは何でも好きだし、君のやることも言うことも歩き方も酔っ払い方も、なんでも好きだよ」
「本当にこのままでいいの?」
「どう変えればいいかわからないから、そのままでいいよ」
「どれくらい私のこと好き?」と緑が訊いた。
「世界中の小沢一郎がみんな溶けて、バターになってしまうくらい好きだ」と僕は答えた。
「ふうん」と緑は少し満足したように言った。「もう一度抱いてくれる?」
12 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/19 20:23
僕はなんだか自分が小沢一郎にでもなってしまったような気がしたものだった。
誰も僕を責めるわけではないし、誰も僕を憎んでいるわけではない。
それでもみんなは僕を避け、どこかで偶然顔をあわせてももっともらしい理由を見つけてはすぐに姿を消すようになった。
13 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/02 08:02
「僕はね、ち、ち、小沢一郎の勉強してるんだよ」と最初に会ったとき、彼は僕にそう言った。
「小沢一郎が好きなの?」と僕は訊いてみた。
「うん、大学を出たら国土地理院に入ってさ、ち、ち、小沢一郎を作るんだ」
14 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/10 21:12
小沢一郎には優れた点が二つある。
まずセックス・シーンの無いこと、それから一人も人が死なないことだ。
放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。
15:名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/15 19:16
他人とうまくやっていくというのはむずかしい。
小沢一郎か何かになって一生寝転んで暮らせたらどんなに素敵だろうと時々考える。
16 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/22 02:21
「ずっと昔から小沢一郎はあったの?」
 僕は肯いた。
「うん、昔からあった。子供の頃から。
 僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
 でもそれが小沢一郎というきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
 小沢一郎は少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
 僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
 たぶんそうする必要があったからだろうね」
17 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/26 08:57
その夜、フリオ・イグレシアスは一二六回も『ビギン・ザ・ビギン』を唄った。
私もフリオ・イグレシアスは嫌いなほうだが、幸いなことに小沢一郎ほどではない。
18 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/03 07:44
「それから君のフェラチオすごかったよ」
直子は少し赤くなって、にっこり微笑んだ。
「小沢一郎もそう言ってたわ」
「僕と小沢一郎とは意見とか趣味とかがよくあうんだ」
と僕は言って、そして笑った。
彼女は少しずつ小沢一郎の話ができるようになっていた。
19 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/03 19:53
泣いたのは本当に久し振りだった。
でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。
僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ。
 僕は・小沢一郎が・好きだ。
あと10年も経って、この番組や僕のかけたレコードや、
そして僕のことを覚えていてくれたら、僕のいま言ったことも思い出してくれ。

出典:このスレッドはスクリプトによって自動生成されたものでした

Monday, May 4, 2009

abba

映画Mamma mia の多大な影響を受けて、ベネッセビルの前で歌を歌う息子。



地元にて

茶碗まつりにいったら森喜朗がいた。政治うんぬん以前にミーハーなので写真をとらせていただいた。

私「写真とってもらお」
息子「(そんなことより)おもちゃほしい」
元首相「おもちゃあっちやぞ」
元首相「あら重たいな~なんでこんなに重たいんや?」

追悼

さよなら清志郎

Saturday, April 18, 2009

工場見学@サントリー武蔵野工場

家族でビール工場見学へ。
京王分倍河原からシャトルバスで5分。

最後の試飲で3杯のんでタダだった。

Monday, March 23, 2009

北京にて(昼飯)

水餃子てんこもり


宫保鸡丁
カシューナッツかなにかと鶏肉(衣をつけて一度揚げたもの)の炒め物


甜 辣 咸 苦 酸 の五味からいえば、「咸」。ちょっとしょっからい。

北京の朝

安宿の近くに天壇公園があって、早朝は年寄りが一杯。


喊ぶ声が聞こえた。京劇や唄のためにのどを鍛えるための「喊声」というやつのようでそこら中から「ほ〜〜〜〜ほ〜〜〜」とか「エ〜〜〜〜〜〜イ。なんたらかんたら小姐~~~~~~~がははははは。」とおばさん達が元気。

安宿チェックアウト後、地下鉄にのる。後ろでは、ロンドンから来たニーちゃんが「仕事探してるんだけど。ロンドンから来た。xxでxxしてたことがある。」と中国語で携帯で話をしていた。

Sunday, March 22, 2009

BWV - 1006 - Prelude from lute suite 4 - John Williams

Saturday, March 21, 2009

秦皇島とはどんなところかというと

こういうところです。

旅のテーマが”食う”、”酒を飲む”、”勉強する”だったので半分引きこもりで観光地には行かずじまい。

学校の先生は「夏が一番美しい季節なのよ。冬はだめ。」と言った。

Friday, March 20, 2009

旅の姿勢を改める@北京

安宿(一泊ツイン1500円)をとって部屋に入った瞬間、30代半ばになろうというのに10数年前(中国の地方都市に1年留学していた。それから旅行を繰り返すようになった。)と同じことをしているのに気付き、、、


便所(兼バスルーム)を見て泣きそうになり、、、



旅の最後に一泊1万円の素敵なホテルに泊まる事にした。Comfort Inn & Suitesという外資系で、三里屯というオサレなバー街のすぐ近く。

胡 錦濤の夢

胡錦濤(温家宝)の唱えた夢はむなしく北京の街に立っていた。



かげで一時は温家宝あたりが「和諧社会」(調和のとれた社会)という言葉をぶち上げて、さあ中国社会に存在する様々な格差の是正に取り組むぞ、とか意気込んでいたのに、江沢民時代に美味い汁を吸った地方勢力だのそれと癒着したデベロッパーや寡占業界、さらには江沢民に引き立ててもらった軍首脳までが激しくこれに抵抗。

秦皇島の屋台群にて

板面。(面=麺、板=板状)


この店では板面をパスタつくるやつで作っていた。ほかの店では手で。
小麦粉を塩と水でねったものは、日本の薄力粉のそれよりもっと柔らかかった。


そこの店主に昼飯+白酒(度数のきつい焼酎。メチルアルコール製などの偽物が出回っていたりするらしい。)をご馳走になる。このあと、寿司の店を出すのはどうかと相談される。が、衛生観念がないから無駄じゃないかと思いつつもごまかす。さらに横に座っていた30代のニートのあんちゃん(泥酔、写真には写っていない)に「おれは感動した。おまえはいいやつだ。」とバナナとサトウキビをおごらってもらい、学校内の宿舎近くまで絡まれるも丁寧に追い返した。